ジメジメが続きますが…|FIVEONE大阪本店
こんにちは
雨が続いたかと思えば急に暑くなったりと、しばらくはお洗濯が大変な日々が続きます。
しかし!実はこの150年くらいで「洗濯」はすさまじい進化を
遂げてきたことをご存知でしょうか。
今感じている不快感なんて1800年後半までと比べると何てことありません。
少し洗濯が大変だったり、アイロンが面倒なことがあっても
「今はこんなに便利になったのか」と思えば重たい気持ちが軽くなるはず…
というわけで本日は西洋の、とりわけ英国の洗濯のお話をご紹介致します。
そもそもお洗濯とは、ヴィクトリア朝1837年~1901年)の辺りまで、
数ある家事の中でも最も手間と時間のかかる作業でした。
労働者の家庭では主に「洗い」作業が行われた月曜日は作業が多すぎて
食事は全て日曜日の残り物で済ませる必要がありました。
洗濯をする一般的に手順は以下の通りです。
①洗い物にほつれや穴がないか一つ一つチェックする。
(怠ると洗われてる途中に少しの穴からあっという間に裂けてしまう)。
②素材とキレイにする為の重要度で仕分けを行う。
③「洗い」作業が行われる月曜まで水につけておく。
(日曜に休んで一番元気のある月曜に「洗う」のが一般的)
④鍋に水をいれレンジ(焜炉)でお湯を作る。
⑤その間に付けてあった洗濯物を絞って水を外まで捨てに行く。
(普通屋内に排水設備は無い時代である)
⑥鍋で炊いたお湯を使って石鹸を泡立てる(冷水では泡立たない)。
⑦石鹸とお湯を節約しながら汚れた部分をこする。
⑧「ドリー」や「ボサー」と呼ばれたかき回し棒でお湯につけられた
洗濯物をかき混ぜる(約30分)。
⑨洗濯物を一枚ずつ絞って汚れたお湯を外に運んで捨てる。
⑩新しいお湯ですすぎ2度目の脱水。
⑪再度お湯を外に運んで捨てる。
⑫今度は水をはりこの時漂白剤か青色の染料を混ぜる。
(黄ばみを打ち消す効果がある)
⑬つけ終えたものを再度絞ってほして乾かす。
⑭④~⑬の工程を全ての洗い物に対して行う。
一般的な労働者の過程だと4~5回。
よそ行きのシャツ等や装飾の凝ったものは早め、
おむつやエプロンなどは後半に洗う。
後半のものほど水の入れ替えの量を減らすので
多少汚れが残っていても大丈夫なものにしておく。
…はい、この通りめちゃくちゃ大変です。
水道はないのでなくなるたびに水を汲む工程が加わることと、
火を付けるのもガスで簡単な今とは違うということも忘れてはいけません。
労働者の家であれば決して家も大きくありません。
単純に「桶いっぱいの水を外に運ぶ」という作業だけでも何往復も
するわけですからとんでもない労働量です。
さらに、ウール製品の場合は綿や麻素材扱いが変わります。
しかも大半の人がフランネルの肌着をもっていましたし
スーツやセーター以外のウール製品は現代より一般的でした。
ここまでやったあとでもすんなり服が干せるとは限りません。
なんといっても英国といえばほとんど晴れないことで有名なのですから。
そしてどうにか乾いたら糊付けやアイロンなどさらなる工程が待っています。
このあまりに大変な作業を少しでも楽にしてくれる
絞り機(マングル)があると、⑤、⑨、⑩、⑬の工程がグッと楽になりました。
当時の民間の慈善団体の記録によると、
生活が苦しい家庭にマングルを送るということがよくあったそうです。
そうすることでマングルを近所にレンタルすることで収入を得たり
他の家庭の洗濯を手伝うという仕事ができたからです。
中流以上の家庭となると、洗濯作業の一部、
あるいはすべてを専業の業者に任せることができました。
さらに上流の家庭となると洗濯専門の使用人を雇うことができました。
彼らには洗い物ごとに異なる洗い方、アイロンの当て方の指示が入りました。
(このフランネルは水の状態から石鹸を少々入れて鍋でゆでて
人肌程度の温度になってから別の桶に入れて…等)
こういった使用人達は大変高いレベルの知識とスキルが要求され、
ウール、綿といった素材の特性だけでなくアイロンの熱で色が変わる染料か、
乾かす前にアンモニアを使って色褪せを防ぐ事ができるかなども判断できたそうです。
※当時の染料は繊細かつ希少で、僅かなミスで希少な生地を
ダメにしてしまう可能性がありました。
ここまで繊細な作業なら1着ずつ集中して作業に当たりたくなりますが、
週に何度も洗濯をするということは衣服のストックが少ない≒貧しいと思われる
ということで一度にまとめて洗濯を出すのが上流のやり方でした。
そのため大きな屋敷ほど不定期で大量の洗濯物を出したそうです。
業者や使用人の大変さが伝わってきます。
洗濯を仕事にするのは99%以上が女性で、
独身女性よりも既婚女性の割合が上回っていたと言います。
仕事だけもらって家で作業(マングル回しは子供にさせる)することができ、
そこまで高給は望めないものの初期投資が無い分職に付きやすく
家事をしながら仕事を両立できました。
特にアイロン担当は肉体労働が少なく技術がついて賃金も高いということで
憧れのポジションだったようです。
時は流れて1900年に入る前後頃から大型の蒸気洗濯機が普及し始めました。
大型過ぎて工業規模でしが導入できず脱水もできなかったものの、
洗濯に必要な労働力が大幅に削減されました。
この発明によって当時の女性達は膨大な時間を奪う作業から解放されたのです。
まさに「女性解放」を象徴する発明の一つと言えるかもしれません。
今となってはアイロンなんか洋服好きな人の娯楽に近くなってきてますので、
当時の人達からすると考えられないような日々を我々は生きているわけです。
今後未来がどんな風に変わっていくのか、人生わくわくすることがいっぱいですね。
そんなわけで最後に直近の楽しみなこと、
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